イライラお釈迦様(女房)の更年期で修行僧(俺)の接し方とは?「それって〇〇なんじゃな~い!」が秒速で論破された実話

イライラお釈迦様(女房)の更年期で修行僧(俺)の接し方とは?「それって愛なんじゃな~い!」が秒速で論破された実話
夫婦で長く暮らしていると、ふとした一言で平穏な空気が一瞬で「なにその言い方?」という戦場に切り替わることがあります。
特に、更年期の時期は心も体もゆらぎやすく、お釈迦様(女房)にとっても修行僧(俺)にとっても、なかなか大変な時期でした。
今回は、今から10年以上前、お釈迦様(女房)が更年期まっただ中だったころの、我が家の小さくて大きな出来事をお話しします。
🟠 更年期のころは、とにかく会話のスタート地点から怒っていた
今から10年以上前のことです。
お釈迦様(女房)は更年期の時期で、ちょっとしたことですぐにおこることがありました。
いや、ちょっとしたことですらありません。
修行僧(俺)としては、まだ何もしていない。むしろ会話を始めてもいない。
なのに、なぜかもう空気がピリッとしている。
修行僧(俺)が「おはよう」と言う前から、すでにお釈迦様(女房)の表情が「今日はその口のきき方、気をつけなさいよ」と語っているのです。
会話の始まりからおこっている。
何もないのに、とにかくおこる。
当時の修行僧(俺)は、毎日のように「今日はどの地雷が埋まっているのだろう」と、家庭内サバイバルゲームの参加者みたいな気持ちで暮らしておりました。
もちろん、今だから笑って話せますが、その場ではなかなかの緊張感です。
下手なことを言えば、火に油。言わなくても、なぜか油を注いだことになっている。
夫という立場は、ときに説明のつかない罪を背負う役なのかもしれません。
🔵 ふと思い出して、修行僧(俺)は名言っぽいことを言ってみた
そんな日々を、先日ふと思い出しました。
年数がたつと、不思議なもので、当時は「なんでお釈迦様(女房)は怒ってるんだ」と思っていたことも、少しずつ笑い話に変わっていきます。
人間は忘れる生き物です。いや、正確には、都合よく脳内変換する生き物です。
そこで修行僧(俺)は、なんとなくいい話にまとめたくなりました。
そして、お釈迦様(女房)にこう言ったのです。
「そういえば、更年期の頃、よくおこってたよね。うけとめていたの、それって、愛なんじゃな~い!」
今はやりの(?)らぶおじさん風に言ってみました。
修行僧(俺)としては、苦労をねぎらってほしい気持ち半分、器の大きい男だと再評価されたい気持ち半分、いやむしろ後者多めだったかもしれません。
「おお、あなたは本当に寛大だったのね」と感謝される未来を、1ミリくらい期待していたのは否定できません。
しかし、お釈迦様(女房)は、そんな甘い見通しを一刀両断しました。
🟢 お釈迦様(女房)の返しが強すぎた「それって、慣れなんじゃな~い!」
修行僧(俺)の発言を聞いたお釈迦様(女房)は、間髪入れずにこう言いました。
「違うよ! それって、慣れなんじゃな~い!」
……強い。
あまりにも強い。
こちらが「愛」という、ふんわりしていて反論しにくそうな言葉を出したにもかかわらず、まったくひるまず、しかも笑顔で返されました。
愛ではなく、慣れ。
ロマンより、生活。
美談より、適応能力。
この一言には、長年連れ添った夫婦のリアルがぎゅっと詰まっていました。
たしかに、夫婦生活というのは、愛だけでできているわけではありません。
気づかい、忍耐、タイミング、聞き流す力、そして「今日はこの話題に近づかないでおこう」という危機回避能力。
そういう日々の積み重ねがあってこそ、家庭は回っていくのです。
つまり修行僧(俺)が誇ろうとしていたものは、愛というより、実戦で鍛えられた順応力だったのかもしれません。
お釈迦様(女房)にそのことを悟らされてしまいました。
🔴 更年期の接し方で大事なのは、正しさよりも“受け止め方”かもしれない
ここで少しまじめな話をすると、更年期は本人の気持ちの問題だけではありません。
ホルモンバランスの変化によって、イライラしやすくなったり、気分の波が大きくなったり、体調が安定しにくくなったりすることがあります。
だからこそ、家族としては「なんでそんなに怒るの?」と責めるよりも、「今はそういう時期なんだな」と少し引いて受け止めることが大事なのだと思います。
もちろん、毎回きれいに受け止められるほど、人間はできていません。
修行僧(俺)だって、心の中では「今日は風向きが悪いぞ」と思っていた日もあります。
それでも、真正面から勝負しすぎない。
必要以上に言い返さない。
あとで笑える余地を残しておく。
このあたりが、夫婦で更年期と付き合ううえで、意外と大事なのかもしれません。
そして何より、後になってから「大変だったけど、あの時期も一緒に越えたね」と言えることが、夫婦の強みなのだと思います。
🟣 修行僧(俺)の浅はかさは、しっかり見抜かれていた
今回のやり取りで何がいちばん印象的だったかというと、お釈迦様(女房)が、修行僧(俺)のほんのり恩着せがましい心を、実にきれいに見抜いていたことです。
こちらとしては、過去の苦労をちょっと美しく包みなおして、「俺ってがんばってたよね」という空気を出したかったのでしょう。
ですが、お釈迦様(女房)はそこを見逃しませんでした。
しかも、怒るでもなく、説教するでもなく、たった一言で方向修正してくる。
これはもう、人生の師です。
修行僧を名乗っておきながら、実際に修行を怠っていたことに気づかされました。
夫婦とは不思議なもので、長く一緒にいるほど、相手にごまかしが効かなくなります。
かっこつけようとしても、すぐに見抜かれる。
ちょっと良い話に持っていこうとしても、現実に引き戻される。
でも、その遠慮のなさこそが、夫婦の面白さでもあるのだと思います。
🟠 更年期の思い出も、今では笑って話せる夫婦の財産
更年期の時期は、本人にとっても家族にとっても、決して楽なものではありません。
ちょっとしたことで怒りっぽくなったり、会話がうまくかみ合わなかったり、戸惑うこともたくさんあります。
それでも、あとから振り返ったときに笑える形で残っているなら、その時間はきっと無駄ではなかったのだと思います。
今回の我が家の出来事も、修行僧(俺)が「それって、愛なんじゃな~い!」と調子に乗り、お釈迦様(女房)に「慣れなんじゃな~い!」と見事に返された、実に我が家らしい一幕でした。
このやり取りひとつ取っても、夫婦の歴史は、立派な名場面の積み重ねでできているのだと感じます。
愛もある。慣れもある。両方ある。
そしてそのどちらも、長く一緒に生きるには欠かせないのかもしれません。
もし今、家族の更年期との付き合い方に悩んでいる方がいたら、完璧に理解しようとしすぎなくて大丈夫です。
まずは受け止めること。まともにぶつかりすぎないこと。あとで笑える日が来ると信じること。
それだけでも、ずいぶん違うはずです。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
夫婦の何気ないやり取りにお付き合いいただけたこと、心より感謝しています。
これからも、笑えて、ちょっとしみじみして、でも最後はあたたかい。そんな話をお届けできたらうれしいです。


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