妻のシミは青春のおつり?夫婦修行は今日も続く

※この記事はフィクションです。登場する修行僧(俺)とお釈迦様(女房)の会話は、夫婦の日常を面白く表現した創作エッセイです。
若い頃の肌の手入れとシミ|妻の一言が老後の修行になった話
夫婦の会話は、たまに人生の請求書になる
お釈迦様(女房)が、ぽつりと言いました。

若いころ肌の手入れなんかしないで遊んでいたから、今あるシミはおつりだね
なるほど。さすがお釈迦様です。言葉に悟りがあります。
しかし修行僧(俺)は思いました。
そのおつり、なぜ残りの人生で俺も一緒に支払う流れになっているのか。
青春の会計は本人払い。そう思っていたのに、修行(けっこん)生活という名の共同財布から、なぜか夫婦で向き合うことになる。ここに、夫婦円満という深い修行があります。
夫婦の会話で見た目の話題は、取り扱い注意の高圧配管。圧が高いまま言葉を流すと、どこかで漏れます。
だから修行僧(俺)は、真正面から言いません。

それはおつりじゃなくて、人生のレシートだね
と、
このくらいにしておくのが安全圏内だろう。踏み込みすぎると、次の瞬間に説法が始まってしまいますから。
🌙 おつりと連れ添うのは割に合うのか
修行僧(俺)としては、少し言いたい。
若い頃に遊んだのはお釈迦様(女房)。その結果として出たおつりを、なぜ修行僧(俺)が老後まで一緒に眺めるのか。
でも、よく考えると夫婦とはそういうものかもしれません。
相手の過去も、今の口ぐせも、冷蔵庫に残った半端な漬物も、なぜか一緒に引き受ける。それが修行(けっこん)生活という名の長期契約です。
割に合わない気がしても、笑ってしまえば少しだけ元が取れる。
まとめ:おつりも笑えば夫婦の財産になる
お釈迦様(女房)の言う「今あるシミはおつり」という言葉には、若い頃を楽しく生きた証のような響きがあります。
修行僧(俺)からすれば、少々割に合わない気もします。けれど、そのおつりを一緒に見て、一緒に笑って、一緒に年を重ねるなら、それはそれで悪くありません。
夫婦とは、相手の人生のレシートを横からのぞき込みながら、「高かったね」と笑う修行なのかもしれません。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


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