キャバクラを「伽場蔵」と呼べば修行になる?修行僧(俺)がたどり着いた煩悩の悟り

記事内に広告が含まれています

キャバクラを「伽場蔵」と呼べば修行になる?修行僧(俺)がたどり着いた煩悩の悟り

キャバクラを「伽場蔵」と呼べば修行になる?修行僧(俺)がたどり着いた煩悩の悟り

修行僧(俺)は、暇をもてあそんでいた。

これといってすることもなく、うたかたとなく考え事をしていると、頭の中にふと、ある場所が浮かんできた。

それは、よく行く居酒屋のすぐ隣にあるキャバクラである。

前を通るたびに、ちょっと気になる。

一度くらいは行ってみたい。

しかし、お釈迦様(女房)の顔を思い浮かべると、なぜか足が一歩も前へ出ない。

そこで修行僧(俺)は悟った。

「キャバクラという表現がいけないのではないか?」

🍶 お酒を「般若湯」と呼ぶならキャバクラにも別名があっていい

昔から、お酒をちょっと洒落た言い回しで「般若湯」と呼ぶことがある。

同じ液体なのに「酒」と言えば飲んべえ感が漂い、「般若湯」と言えば、なぜか一気に仏教的なありがたみが出てくる。

ならばキャバクラも同じではないだろうか。

「キャバクラに行ってきます」

これでは、どう考えても煩悩全開である。

しかし、もっと荘厳な漢字を当てればどうだ。

そこで修行僧(俺)が思いついたのが、

【伽場蔵】

これで、

「きゃばくら」

と読む。

✨ 「伽場蔵」と書くだけで急にありがたくなる不思議

声に出せば、完全にキャバクラである。

一文字たりとも音は変わらない。

ところが文字にしてみると、どうだろう。

伽。

場。

蔵。

なんだか古いお寺の奥にある、一般人は立ち入り禁止の建物みたいではないか。

「本日は伽場蔵にて修行を行う」

こう書けば、もはや夜遊びではない。

重要文化財の視察にすら聞こえてくる。

もちろん、実際には隣のキャバクラである。

👽 そうだ、あの宇宙人を誘ってみよう

そこで修行僧(俺)の頭に、もう一人の人物が浮かんだ。

よく行く居酒屋で知り合った、あの青白い宇宙人である。

輪廻転生の話で妙に意気投合して以来、居酒屋ではたまに顔を合わせる仲だ。

彼なら、お釈迦様(女房)よりは理解してくれるはずだ。

居酒屋で飲みながら、修行僧(俺)は少し威厳を出して言う。

修行僧(俺)「もう一軒付き合ってください。河岸を変えて【伽場蔵】に行きましょう」

我ながら美しい。

「キャバクラ行こうぜ」とは天地の差である。

まるで高僧が修行の次なる段階へ進もうとしているようだ。

宇宙人もおそらく、

「伽場蔵……地球の宗教施設ですか?」

くらいは聞いてくるだろう。

そのとき修行僧(俺)は静かに答える。

「まあ……人間について深く学べる場所です」

嘘ではない。

たぶん。

🔥 キャバクラを言い換えれば後ろめたさは消えるのか

そもそも、なぜ修行僧(俺)は「キャバクラ」という言葉に後ろめたさを感じるのだろう。

おそらく頭の中で、

キャバクラ = 夜遊び

キャバクラ = 女性とお酒を飲む

キャバクラ = お釈迦様(女房)に説明しづらい

という方程式が完成しているからだ。

ならば言葉を変えればいい。

キャバクラではない。

伽場蔵である。

飲みに行くのではない。

社会勉強である。

女性と話すのではない。

対人コミュニケーション能力の鍛錬である。

ここまで来ると、なんでも修行と言い換えられる気がしてきた。

🙏 修行僧(俺)が考える「伽場蔵」の効能

もし伽場蔵という場所が本当に修行施設だとすれば、得られるものは多い。

会話力を鍛える。

相手の話を聞く。

空気を読む。

財布の残金を確認する。

最後だけ、かなり重要である。

そして何より、

「お釈迦様(女房)にどこまで説明できるか」

という極めて高度な精神修行が待っている。

😂 最大の難関は「伽場蔵って何?」と聞かれた瞬間

問題は帰宅後である。

お釈迦様(女房)が尋ねる。

「今日、どこ行ってたの?」

修行僧(俺)は胸を張る。

「伽場蔵」

ここまではいい。

しかし、その次である。

「伽場蔵って何?」

この質問に対する答えを、修行僧(俺)はまだ持っていない。

「人と人との心の交流を学ぶ場所です」

そんな回答をしたところで、お釈迦様(女房)がGoogleで検索すれば修行終了である。

いや。

人生終了の可能性すらある。

💡 結論|名前を変えてもキャバクラはキャバクラである

修行僧(俺)は長い思索の末、ひとつの境地へたどり着いた。

キャバクラを「伽場蔵」と書けば、確かに威厳は出る。

ものすごくありがたい場所にも見える。

何なら御朱印までありそうである。

しかし、

声に出せばキャバクラ。

中身もキャバクラ。

お釈迦様(女房)から見てもキャバクラ。

結局のところ、名前を変えただけでは煩悩は消えないのである。

それでも修行僧(俺)は思う。

一度くらい、宇宙人と一緒に「伽場蔵」へ修行に行ってみたい。

その日が来るのか。

それとも入口まで行ったところで、お釈迦様(女房)の顔が頭に浮かび引き返すのか。

修行僧(俺)の修行は、まだまだ続く。

🌸 最後まで読んでいただきありがとうございます

くだらないことを真剣に考える。

そんな時間も、案外人生には必要なのかもしれない。

「伽場蔵」という文字を見て、ちょっとでも笑っていただけたなら修行僧(俺)としては本望である。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

※この記事はフィクションです。登場する人物・宇宙人・会話・出来事などは創作としてお楽しみください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました